SES・多重下請けの「人月商売」はなぜ無くならないのか

数年間、SES(システムエンジニアリングサービス)の協力会社として、銀行系のシステム開発現場に常駐していた時期がある。自分と最終的な発注元(客)の間に何社入っているのか、正直よく分からなかった。各段階でマージンが抜かれ、現場に来るころには話が何重にも薄まっている。この記事では、特定の会社や個人の話ではなく、その構造そのものについて書く。 「人月」とは何か IT業界、特にSIer(システムインテグレーター)が元請けになる受託開発の現場では、契約や見積もりが「人月(にんげつ)」という単位で組まれることが多い。「エンジニア1人を1か月アサインする」のが1人月で、プロジェクトの規模は「10人月」「50人月」のように、人数×期間の掛け算で表現される。 成果物の価値や難易度ではなく、頭数と時間だけで値段が決まる。優秀なエンジニアが1人で終わらせる仕事も、未経験者が3人がかりでやる仕事も、同じ「3人月」なら同じ金額になりうる。 多重下請けの中はどう見えるか 自分が実際にいた現場は、発注元の銀行 → 元請けSIer → 2次請け → 3次請け(自分の所属会社)、という構造だった。各段階で中間マージンが抜かれるので、客が払っている金額と、実際に現場で働く自分の手取りの間には、かなりの開きがある。 現場では、自分がどの会社の人間かということより「誰の下で働いているか」の方が重要になる。常駐先の実質的な上司は、客でも元請けでもなく、別の協力会社から出向してきた人間だったりする。これは「偽装請負」と呼ばれる状態で、グレーゾーンというより、職業安定法44条が禁じる「労働者供給事業」そのものに触れうる。同条は「何人も……労働者供給事業を行い、又はその労働者供給事業を行う者から供給される労働者を自らの指揮命令の下に労働させてはならない」と定めており、契約上は請負・準委任なのに実態として他社の指揮命令を受けて働かせる形は、この禁止に抵触する(出典)。SES・準委任契約の現場では、この境界線上の運用がしばしば起きる。 求人票の給与額に通勤手当を混ぜて実質的に水増しする、というようなことも、珍しくない手口として見てきた。職業安定法5条の3は、求人者に賃金額を含む労働条件の明示を義務づけており、虚偽の条件を提示して募集を行った場合、同法65条により6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金の対象になる(出典)。 業界団体側の調査でも、SES企業が取るマージン率は平均で35〜40%程度、エンジニアへの還元率はおよそ60〜65%が相場とされている(出典)。つまり客が単価80万円を払っていても、現場のエンジニアの手元に残るのはその6割強、という配分が業界の標準として扱われている。これは1段階のマージンの話で、間にもう1社挟まれば、さらに削られる。 数字で見る多重下請け構造 体感でしかなかった話を、公的な調査と照らし合わせてみる。 公正取引委員会が2022年に公表した実態調査(資本金3億円以下の事業者 約2万1,000社が対象、18年ぶりの大規模調査)によると、ソフトウェア制作の取引では「細分化と再委託の繰り返しで商流が多層化・複雑化し、極端に長い商流が形成される場合がある」とされ、最大で6次下請けの事例が報告されている。調査対象事業者の取引上の立場は、元請が40.4%、中間下請が38.2%、最終下請が21.3%で、実に約6割が、客と直接の契約関係を持たない下請けの立場にあった(出典)。 同調査によれば、日本のソフトウェア業の市場規模は2020年時点で約15兆9,791億円、従業者数は約83万7,606人、事業所数は2万5,977か所。そのうち従業者4人以下の零細事業所が全体の約40.3%を占める。自分がいたような小さな協力会社は、例外ではなく、この業界の典型的な構成要素だということになる。 下請法(下請代金支払遅延等防止法)4条1項は、親事業者による受領拒否(1号)・支払遅延(2号)・代金減額(3号)・返品(4号)・買いたたき(5号、「通常支払われる対価に比し著しく低い下請代金の額を不当に定めること」)・購入利用強制(6号)などを禁止している。下請法はもともと、独占禁止法が規制する「優越的地位の濫用」のうち、取引上弱い立場になりやすい下請取引に絞って、より摘発しやすい形で切り出した特別法という位置づけにある(出典)。 下請法違反による措置件数(令和3年度)は、情報サービス業が686件で、全業種の中で最多だった。マージンを多段階で抜く多重下請け構造そのものが、下請法が禁じる行為(とりわけ買いたたき)が起きやすい土壌になっていることを、この件数が裏付けている。 なぜこの構造は無くならないのか 発注側に内製力が無い 大企業・官公庁の多くは、自前でシステムを開発・保守する体制を持っていない。仕様を固める力も、技術を評価する力も社内に無いため、丸ごと外注することになる。元請けSIerは、その仕様の曖昧さごと請け負い、さらに下に投げる。 人月は「稟議を通しやすい」 「Xという価値を生むシステムにY円払う」という成果ベースの契約は、発注側にとって説明しにくい。一方「X人×Yか月×単価」という人月の積み上げは、稟議や調達の書類に落とし込みやすい。見積もりの根拠として扱いやすいことが、技術的に優れているかどうかより優先される。 契約形態がリスクを現場に寄せる 仕様が固まらないまま始まるプロジェクトは、請負契約(成果物に対して責任を負う)では受けにくい。だから準委任契約(人を貸す形)で始まることが多く、プロジェクトが炎上しても「言われた作業はやった」という形で、リスクの多くが現場の労働者側に流れる。 なぜ日本だけこの形になったのか 多重下請け構造自体は海外にも存在するが、日本の際立った特徴は「IT人材の大半がベンダー(IT企業)側にいて、客となる事業会社側にはほとんどいない」という偏りだ。 IPA(情報処理推進機構)の「IT人材白書2017」によれば、日本はIT人材の72.3%がIT産業(ベンダー側)に所属し、非IT産業(ユーザー企業側)に所属するのはわずか27.7%。これに対し米国では、IT人材の65.4%がユーザー企業側に所属しており、ベンダー側は34.6%にとどまる。カナダ・英国・ドイツ・フランスも軒並みユーザー企業側が過半数で、日本の偏りは比較対象の欧米各国の中でも際立っている(出典)。 つまり米国では「システムを使う会社」自身が技術者を雇って内製するのが主流なのに対し、日本では「システムを使う会社」はほぼ技術者を抱えず、「技術者を派遣・常駐させる会社」という別の産業が間に挟まる構造が標準になっている。多重下請けが生まれる土壌は、この人材配置の偏り自体にあると考えている。 小泉改革が原因なのか この話をすると「2004年、小泉内閣が労働者派遣法を改正して派遣を自由化したのが原因では」と聞かれることがある。半分当たっていて、半分違う。 労働者派遣法そのものは1986年(中曽根内閣)に制定された法律で、制定当初から対象業務16業務の中にソフトウェア開発が含まれていた。つまりIT業界で技術者を客先に常駐させる仕組み自体は、法律の出発点から想定されていたもので、小泉改革より18年も前からある。1999年(小渕内閣)には、許可業務を決める方式から禁止業務だけを指定する方式(ネガティブリスト化)への転換で原則自由化され、2004年(小泉内閣)の改正で変わったのは、それまで禁止されていた製造業への派遣解禁だった(出典)。つまり小泉改革が直接狙い撃ちにしたのはIT業界ではなく製造業で、IT業界の多重下請け構造の土台はそれよりずっと前から存在していたことになる。 むしろこの記事で問題にした「偽装請負」(指揮命令が契約関係と一致しない状態)は、労働者派遣法の規制が緩くなったから起きるというより逆で、派遣法が課す責任(派遣期間の上限、派遣先の義務など)を避けるために、企業側が正式な労働者派遣ではなく請負・準委任契約を使うことで起きる現象に近い。規制緩和というより、規制を迂回する動きの産物だと考えている。 「見直される」のではなく、「人が逃げる」 この業界がある日突然見直される、という形の変化は来ないと思っている。実際に起きているのは、もっと静かな浸食だ。 経済産業省は2018年の「DXレポート」で、老朽化した基幹システム(レガシーシステム)がDXの足かせになっていると指摘し、対応が遅れた場合2025年以降に最大で年間12兆円規模の経済損失が生じるという試算を示した(出典)。いわゆる「2025年の崖」で、同じレポートでは2025年に最大43万人のIT人材が不足するとも見積もられている。 事業会社側の内製化は、この数年でじわじわ進んでいる。技術に関心があって優秀な人ほど、多重下請けの現場から事業会社側へ流出していく。すると残った現場の技術力の平均が下がり、さらに優秀な人材が入ってこなくなる――という自己強化型のループが働く。 面白い仕事とまともな待遇は事業会社側に集まり、SES層にはレガシー保守や人手不足を埋める仕事が残り続ける。需要そのものが無くならない以上、業界の底辺としては長く生き残る。「業界構造が改まる」のではなく、「動ける人から順に抜けていく」形で、中身だけが少しずつ入れ替わっていくのだと思う。 唯一の変数は生成AI この構造を崩しうるとしたら、一番の変数は生成AIだと考えている。1人あたりの生産性が本当に底上げされれば、「頭数×時間」で積み上げる人月という単位そのものが、価格の目安として成立しなくなる可能性がある。 ただし楽観はしていない。起きるとしたら「人月という評価モデルが見直される」方向よりも、「下請けの中でも一番下の、単純作業に近い層がまるごと要らなくなって、業界全体が縮む」方向に出る公算の方が高いと思っている。 出典 経済産業省「DXレポート」(2018)の「2025年の崖」解説 - 日立ソリューションズ・クリエイト ソフトウェア業の下請取引等に関する実態調査報告書(2022年6月公表) - 公正取引委員会 平成30年版 情報通信白書 日米のICT人材の比較 - 総務省 SESの単価相場一覧 - レバテック 職業安定法 条文(44条・5条の3・65条) - 法令リード 下請法で禁止されている「買いたたき」とは - BUSINESS LAWYERS 【早見表】労働者派遣法改正の歴史をわかりやすく解説 - マンパワーグループ

格ゲーとモンハンの30年 — 良かったのはゲームじゃなく、あの部屋だった

格闘ゲームとモンスターハンター、この2つをかれこれ30年ほど追ってきた。ハードは だいたい買ったし、シリーズもほとんど触っている。ただ、いま振り返って強く残って いるのは、どのタイトルが面白かったかではなく、誰とどうやって遊んでいたか、 という部分の方だ。 アーケードの全盛期 10代の頃はゲーメストを毎月読んでいた。会社が飛んで廃刊になり、アルカディアに 変わって、それも少し読んだ。ストリートファイターは II、II’、II’ TURBO、 スーパーII、スーパーII X とバージョン違いを全部通り、そこから ZERO、ZERO2、 ZERO3、III、2nd Impact、3rd Strike まで。 カプコンだけじゃない。ヴァンパイアはハンター、セイヴァーまで(ビシャモン使い)。 X-MEN VS. ストリートファイターから始まる VS. シリーズ、カプコン VS. SNK。 SNK側も、KOF は ‘94 から ‘99 まで、サムライスピリッツ、餓狼伝説、月華の剣士。 鉄拳は2・3くらいで、バーチャはほとんど知らない。90年代の対戦格闘は、だいたい 通っている。全部並べると記事の最後に付けた。 アリカが作っていたポリゴンのストリートファイターEXも、ゲーセンで触っていた。 スカロマニア、ドクトリン・ダーク、バットを持ったキャラ(名前は忘れた)あたりを 覚えている。家庭用のEX PLUS αもやった。ドリームキャストではギルティギアの 無印も触ったが、それ以降のシリーズは追っていない。ポケットファイターも遊んだ。 ストゼロ3のアッパー・ダブルアッパーや、EX3、ストリートファイター X 鉄拳は 未プレイ。ゲームではないが、日テレの月曜19:30から放送していたアニメ版 「ストリートファイターII V」も見ていた(ケンが主人公寄りで、声は羽賀研二)。 ウメハラの名前も、その頃から知っていた。ストゼロ3期に、V豪鬼で海外のトップを 倒した試合を、テレビだかネットだかで見た記憶がある。その頃は自分でも当たり前に 台に座っていた。強くはなかったが、どっぷりだった。 一度、離れた 大学の頃、スト3サードを引退した。そこからは、ゲーセンに行っても自分では 打たなくなった。人の対戦を眺めて、タバコを吸うための場所になっていた。やがて 足も遠のいた。時期的に、2D格闘ゲームそのものが冬の時代に入っていた頃だと思う。 スト4が出たときは「何年ぶりだ」と驚いたが、それも結局は観る側で、自分では ほとんどプレイしなかった。 PSを持ち寄る土曜日 据置のモンハンは MH2(ドス)から入った。PS2にネットワークアダプターという LAN拡張ユニットを挿してオンラインをやった。すぐやめたけれど、あれが最初だった。 そこからはPSPの時代になる。ポータブル、2nd、2ndG、3rd。友達がPSPを持ち寄って、 菓子を食って、土曜に集まって日曜の朝まで、タバコを吸いながら一緒に狩る。 あの集まり方が一番よかった。 狩り自体は、あとのどのタイトルでもできる。むしろ後の作品の方がよくできている。 でも、あの部屋はあの時期にしかなかった。オンラインで同じことをやっても、 同じにはならない。ゲームが良かったというより、部屋が良かった。 ハードだけが増えていく 3DS期は3G、4、4Gと続いた。4Gの発掘装備とギルドクエスト100周回のグラインドは だるくて、正直そこで一度離れかけた。PCではフロンティア(日本専用のオンライン専業 タイトルで、PC以外にXBOX360やPS3などでも動いていた)を一人でやっていて、剛力珠には 呆れつつ、課金装備のパッケージを毎月買っていた。基本プレイにコースの月額があって、 さらに装備も売る。おまけに、自宅のPCでもネットカフェと同じ取得倍率になる有料コース (Nコース)まであった。インフレも止まらなかった。 ...